男は換気扇の音がゴゴッと響く午後の給湯室でくわえタバコを吹かしながらコーヒーを入れていた。
いつものように電気ポットの給湯ボタンを押すと何者かが男に話しかけてきた。
「やっぱり電気ポットか…ピュ〜…昔は良かったよなぁ…ピュ〜…」
男は自分以外は誰もいるはずのない給湯室で聞こえた声に耳を疑いながらも、ため息のように力無く「ピュ〜…」と鳴り響くモノに気付き、不思議そうにそれを見つめていた。そこにはステンレスの曲面によって不格好に映る自分の姿があった。
「あんまりジロジロ見るなよ…ピュ〜…オレは鏡じゃねぇんだから…ピュ〜…」
再び喋りだしたその声の主は給湯室の片隅に放置された笛吹タイプのやかんであった。
やかんは愚痴をこぼすようにこう続けた。
「全身が燃えたぎるように…ピュ〜…熱くなっておもいっきり…ピュ〜…叫びたいよ…ピュ〜…」
男は目の前で起こった不可解な出来事に動揺しながらも人間様のプライドを保つ為に冷静な顔をしてコーヒーをすすってた。
「おもいっきり熱くなって…ピュ〜…大好きな人の名前を叫ぶ場所を失ってしまった今のオマエなら…ピュ〜…分かるだろこの気持ち…ピュ〜…」
自分の心を見透かされたようなその言葉に「ハッ!」とした男は、そのやかんに
「うんうん、オマエもおもいっきりピュ〜〜〜〜!!って叫びたいんだよなぁ」
と話しかけてみたものの返事はなく、その後もやかんが言葉を発するコトはなかった。
それでも男はジッとやかんを見つめ次の言葉を待ち続けていたのだが、ステンレスの曲面に写る不格好な自分の姿を見てあるコトに気付いた。
「もしかしたらあの声はやかんに映る自分自身の言葉だったかもしれない」
そして男は大好きな人の名前をおもいっきり叫べる日を思い描きながら、やかんの笛部分におもいっきり息を吹きかけてみた。
ピュ〜〜〜〜!!